2025年12月04日
自動運転AIチャレンジ2025: 準優勝獲得の舞台裏で ~情熱を燃やす挑戦者たち~
イベント
公益社団法人自動車技術会が主催の「自動運転AIチャレンジ2025」に初参加ながら、一般クラスで準優勝を果たしました。
人材育成という目標を掲げて参戦を決めた初挑戦チーム「GAIOの夜明け」は、学生クラス、一般クラス合わせて266チーム中オンライン予選を一般クラス6位で通過し、その後、実車を用いた決勝という二つの大きな壁に、どのように立ち向かったのか。コードに情熱を注ぎ、限界に挑み続けたチーム「GAIOの夜明け」の熱い舞台裏を、予選から決勝までの軌跡を追いながら詳細にレポートします。
自動運転AIチャレンジ2025の概要
自動運転AIチャレンジとは何か
自動運転AIチャレンジは、2019年から7年連続で開催されている自動運転にかかわるAI技術を競うイベントです。
「本大会は、CASE、MaaSと呼ばれる新たな技術領域において、これからの自動車業界を牽引する技術者の発掘育成のための新たな取り組みとして実施しています。
予選と決勝で構成される本大会では、予選はオンラインのシミュレーションで行われ、決勝では各チームが開発するプログラムが搭載されたEVカートを走行させる競技を行います。大会を通じて、コンピューターサイエンス、AI、ソフトウェアや情報処理に関わる技術者・研究者・学生等にチャレンジの場や、学習の機会を提供し、有機的な繋がりを実現する場を目指します。 」
出典:
公益社団法人 自動車技術会 自動運転AIチャレンジサイト
大会の目的と背景
この大会の最大の目的は、未来の自動車業界を牽引する技術者の発掘と育成です。オンラインシミュレーションによる予選から、実車両のEVカートを用いた決勝までを一貫して行うことで、参加者は、理論と現実のギャップを肌で感じ、実践的な開発能力を磨く機会を得られます。
参加者の募集と参加資格
参加は、原則学生のみで組織される「学生クラス」と学生クラス以外の「一般クラス」に分けられ、参加登録時に選択します。参加費は無料で、どなたでも参加可能です。
大会の詳細とスケジュール
大会は、予選と決勝に分かれて開催されました。
予選は、2025年7月1日~9月1日で、オンラインシミレーションを用いた競技による審査です。
「予選の競技はデジタルツイン指向のAWSIMを用いてコースをより速く走行することを目指します。
参加者は、Autoware※の構造を学ぶだけでなく、実際に行動、判断の部分についてパラメータ調整を行い、また必要に応じて新しいアルゴリズムの開発も行います。 」
※AutowareはThe Autoware Foundationの登録商標です。
出典:
公益社団法人 自動車技術会 自動運転AIチャレンジサイト
予選イメージ
決勝は、2025年10月25日(土)~26日(日)で、
シティサーキット東京ベイにて開催。予選を突破した上位16チームが、EVレーシングカートを使用し自動運転を実車で行いタイムを競いました。
情熱の結晶:栄光の準優勝を支えたチームガイオの熱き舞台裏
AIチャレンジ参戦の背景:技術検証と人材育成の目標
ガイオ・テクノロジーがこの挑戦に挑んだ背景には、長年培ってきた開発・検証技術が最先端のAI・ロボティクス開発領域でどこまで通用するかの「技術検証」。そして、将来モダン開発を担う若手エンジニアに、実践的な経験を積ませる「人材育成」。この二大目標が、挑戦の原動力です。実際、若手社員だけでなく、経験豊富なメンバーも含めたチーム全体で意見を出し合い、課題解決に取り組むことで、参加者全員のスキル向上という大きな成果を得ました。
手探りの開発
実際の開発は手探りの連続でした。通常の業務とは異なる競技特有の開発環境、そして何より「AIに速い走りをさせる」という新しい課題。私たちの挑戦として「Rule-Based Planner」と「Learning-Based Planner」の並行開発でした。
「Rule-Based Planner」の開発では、自作ツールである「Trajectory Editor」を開発。
車両座標及び向きの設定、車速の設定、軌道の設定について、目標軌道をドラッグしながら設定できるようにし、比較可視化しながら設計しました。
自作ツールである「Trajectory Editor」
「Learning-Based Planner」の開発では、AIを活用した開発を行いました。
第一段階の模倣学習では、上位チームの走行軌跡を抽出しAIに学習させ経路を設定し、第二段階の強化学習で、さらに精度をあげていけるような開発を行う予定でした。
シミュレーションでの激闘:予選突破の鍵を握った「ふらつきの制御」と「適合」
チーム結成と開発着手:まずは「完走」と思いきやそれも難しい現実
二つのプランで開発を進める中、チームは最初の大きな壁にぶつかります。AIを活用する「Learning-Based Planner」が、初期段階で「完走」すら果たせなかったのです。
そこでチームは、「完走」が確認できた「Rule-Based Planner」での予選突破を決断します。しかし、安心したのも束の間、走行中、カートがジグザグと制御不能な「ふらつき」を見せ始めるという、新たな難題が発生します。原因を探し、コードを書き換えては試走を繰り返す日々。予選終了まで残り時間が刻々と迫る中、焦燥感ばかりが増していきました。
突破の鍵:環境変化に耐えるアルゴリズム設計と独自の工夫
予選終了まで刻々と迫る中でも「ふらつき」は取れず焦りばかりが増えていきました。
そして、予選終了わずか3日前、チームはついに原因を特定します。それは、1.「ステアリングのずれ」と、2.「繰舵角指令の0.2秒という遅延」という、大会側からの課題でした。実際の車両においてもステアリングの調整、アクチュエータがハンドルを動かすまでの遅延は発生します。
原因が判明するやいなや、即座に修正に取り掛かり、あんなに悩まされた「ふらつき」は嘘のように解消。ここにきてようやく、タイムアタックに集中できる環境が整いました。
残された時間はあと3日間。その中でどれだけタイムを上げられるか。そのためには「適合」が重要となりました。
自動運転AIチャレンジ2025 Public Viewingから予選突破ラインは212秒を予測していましたが、最終的には210秒を目指して適合を実施しました。予選の結果を振り返ると予選突破ラインは211秒後半で212秒では予選落ちでした。
Trajectoryの調整:手書きで書いた円と直線のシートを
セロハンテープでモニターに張って曲がり具合を微調整
「ふらつき」を制御する自車位置予測ステアリング角制御アルゴリズムに適した
「三角トラジェクトリ」を開発
そのほかにも曲がる角度、スピードの調整を繰り返し、最後の最後にベストタイム211.4549秒を叩き出し、学生・一般合わせて266チーム中、予選8位(一般クラス6位)という快挙を達成しました。
コードに命を吹き込む:「シミュレーションと実車」の狭間で続いた戦い
シミュレーションとのギャップを埋める戦い
一般クラス予選6位という結果を残せて喜んでいたのも束の間、決勝は実車。シミュレーションではうまく機能していたことも、路面の凹凸、タイヤのグリップ、センサーのノイズ、そして天候(風や雨)による影響など、仮想環境では無視できた外的要因が、実車では制御の安定性を大きく揺るがします。
しかし、当社は実車には強い自負がありました。実車とシミュレーションは違うことは理解していたので、早々に実車に向けた対応のリストアップを始めました。
1. 実際の実車の動きを知ること
本番会場である「
シティサーキット東京ベイ」を借り切り、EVカートに乗り、動きを確認しました。
動きを確認するため試乗
2. GNSS・IMUの調査
ここは新卒メンバーが担当。EVカートでは実センサからの入力となるため、GNSSとIMUセンサは決勝用EVカートに装着されるセンサと同じものを購入しました。シングルボードコンピュータであるArduinoと接続し、リアルタイムでセンサ値を取り込めるように組み上げました。これによりシミュレーション車両ではない、実車両であるEVカートの車両姿勢や位置を把握することが可能になりました。
・GNSSの調査:決勝は屋外競技であったため、GPSの電波が他の電波と干渉して実機の動きがズレてしまうことがある。それを調査するために、独自で開発した装置を決勝用EVカートと同じ位置に取り付けてデータを取り込んだ。衛星数をリアルタイムで判別することもでき、走行続行の判断に使用することでロスタイム防止を図った。
・IMUの調査:ジャイロセンサーのようなイメージで、車両の姿勢や位置を正確に把握するために実施した。
独自作成のGNSS・IMU装置を使用し調査
取得したこれらのデータを解析し、シミュレーション車両用に設定していたアクセル/ブレーキ踏込量に応じた加速度/減速度マップから決勝EVカート用加速度/減速度マップへ切り替え、その他調整値等も決勝EVカート用に変更しました。
3. 実車両用アルゴリズム「曲率制御」の追加
シミュレーション車両で搭載していた自車位置予測によるステアリング角制御アルゴリズムでは、カーブの出口で操舵量が不足し膨らんでしまう現象が見えていました。特にヘアピンカーブではその傾向が顕著でした。実車両でタイムを上げていく上でこのカーブ出口の膨らみは解決する必要がありました。そこでカーブ後半での操舵量不足に着目し、カーブの曲率に応じた操舵量の制御を追加しました。
これは人が運転するときの感覚にあたります。人は「カーブの曲がり具合」を意識して運転します。「カーブの曲がり具合」とは曲率を表し、車両を自然で滑らかに走行させることにつながりました。この曲率は車速に依存しない幾何学的な量であるため、速度が変わっても目標軌道に対する軌跡の形状を一定に保つことが可能になります。これにより、同じステアリング角でも車速やタイヤ特性で車両の軌道が大きく変わる自車位置予測ステアリング角制御に比べ、目標軌道に合わせて車両を動かすことができるようになりました。
また、この曲率制御は決勝当日の雨天決行を乗り切る素地になりました。
決勝直前の戦い
万全の体制で臨んだ決勝本番前の練習走行会で、チームは再び冷や汗をかく事態に直面します。イニシャルポーズ(車の初期位置)のプログラムがうまく機能せず、練習走行会ではピットからEVカートが出られない緊急事態が発生。
焦りが急に湧きあがりました。そしてその原因はすぐにわからず、頭を悩ませていました。練習走行会後、調べてはコードを書き換えを繰り返し、なんとか再実装を行いましたが、本番で本当に走ることができるのか不安は残ったままでした。それは、再実装を行ったプログラムの動作確認は決勝当日まで確認することができなかったためです。
もし本番でうまく動かなかった場合のことを考え、バックアッププランを用意して準備周到で本番を迎えました。また、練習走行会では練習時間残り5分くらいのところで大きなクラッシュが発生しました。取得したデータを解析したところ、なんと全てのGPSが補足できない状態が4分間続いていました。よくよく調査すると2日前から太陽が大暴れしていたことが分かりました。宇宙天気予報でも太陽フレアによる警報が出ていました。決勝当日に向け、リアルタイムでGPS補足状態を表示できるアプリケーションも作成しました。
いよいよ決勝が近づいてきましたが、なんと当日は雨天の可能性が浮上してきました。そして大会本部からも天候のハプニングをどう乗り切りるかという目的も加わり、雨天決行のお知らせが通知されます。さらにレインタイヤへの換装はせず、「晴れの日用のタイヤ」(溝のない扁平タイヤ)のままで競技を行う旨も通知されました。そのため、当日雨天を考慮に入れた対策を盛り込むことになりました。
雨の日に「晴れの日用のタイヤ」で走ることは、タイヤと路面との間の摩擦を想像以上に小さくしてしまいます。速度が上がると簡単にこの摩擦を越えた遠心力が働き、車両が制御不能に陥り壁に激突することになります。
目標軌道は自車位置予測のバラツキと制御のバラツキを考慮し、保険・安心・バランス・挑戦の4つを準備しました。どの目標軌道を使用するかは、当日のコースコンディションで決定します。壁に激突もしくはスピンするようであれば、車両の遠心力を制御することになります。
曲率制御アルゴリズムには車両の遠心力を制御するロジックは実装されておらず、決勝直前で急遽ロジックを追加することになりました。
遠心力は横加速度で表すことができます。横加速度は(車速)の2乗をカーブの半径Rで割ることで求めることができるのですが、カーブの半径Rが必要になります。
曲率制御アルゴリズムに変更していたことにより、カーブの半径Rを先読みすることが可能でした。これにより先読みしたカーブの半径Rを使うことでカーブにおける横加速度を推定することが可能になり、カーブ進入前に減速することが可能になったのです。これで遠心力により壁に激突する可能性を抑えることができました。
激闘の末に掴んだ準優勝
決勝は、持ち時間20分以内で最速タイムを競うタイムアタック形式でした。走行中、EVカートは予期せぬトラブルやコースアウトに見舞われることがあります。その際、いかに迅速にプログラムを修正し、再走行にこぎつけるかという「機動的なデバッグ能力」が、勝敗を分ける鍵になったと言っても過言ではありませんでした。
タイムアタックの緊張感:ぶっつけ本番の現場での対応
決勝1日目、天候は雨。コンディションは良いとは言えませんでした。天候は「晴れや曇り」を想定していたので、GNSSも晴れと曇りのデータしか取得しておらず、用意していたコンディションは想定外でした。
緊張の中、ゆっくりと発車した途端に土砂降りの通り雨が!想定外のコンディションでしたが、メンバーはトランシーバーで連絡を取り合い、ラインを割らないようリアルタイムで微調整を指示。カーブを次々とクリアし、スピンや停止なく無事に1周を完走しました。
スピードを徐々に上げてもスピンなく走行していき、タイムもどんどん上がっていき、とうとう大会としてもチームとしてもベストタイム(50.151秒)を記録しました。決勝1日目を暫定1位で終えるという快進撃を見せます。
会社に戻り早速作戦会議を行い、ライン割れ等を考慮し、決勝2日目は「攻める走行」をすることにしました。
決勝2日日:ライバルとのタイム差と最終調整~現場での機動的なデバックと対応力~
暫定1位という勢いを持ち、「攻める走行」を決断して臨んだ決勝2日目。しかし、他チームもチューニングを完了させ、走行タイムが全体的に上昇。すでに46秒台を叩き出す学生チームが現れ、我々も46秒台を目指して「攻め」に転じますが、スピンが増えてしまい、思うように完走できません。
ここでチームの「機動的なデバッグ能力」が光ります。現場で即座にスピンの原因を分析し、スピードの微調整を重ねることで、「攻める走行」での完走が可能になりました。そして、最終的にチームベストタイムである48.368秒を叩き出し、一般クラス暫定1位を維持。結果、一般クラス準優勝という形で、熱い挑戦の幕を閉じました。
激闘の末に掴んだ準優勝挑戦を終えて:準優勝という経験がもたらしたチームの成長と未来
挑戦を通じて得た知見
今回の挑戦は、プログラムを作成する上でのスキルや知見を、ベテラン・若手問わずチーム全員のレベルアップに繋げました。特に新卒メンバーにとっては、初めてハードウェアに触れ、マイコン性能を考慮した装置を作成し、ベテランと協力して開発する楽しさを実感するなど、大きな成長の機会となりました。
チームが一体となり、実機を用いた開発の難しさ、シミュレーション検証の限界、そしてAI技術を現実のプロダクトに落とし込む際の課題を肌で体感できたことは大きな財産です。
この実践的な知見は、今後のガイオの検証・開発ソリューションの質を高めていく一歩につながることと感じています。
次なる挑戦への意気込み
初挑戦での準優勝は、私たちにとって大きな自信となりました。
私たちの次の目標はもちろん「優勝」です。さらには「未来のモビリティ社会の実現」に貢献することです。この自動運転AIチャレンジで得られた技術と情熱を糧に、ガイオは、自動運転やモダン開発をはじめとする次世代技術の開発・検証をリードする企業として、次なる高みを目指します。
あとがき
~1位と2位を分けたもの~
打倒!暫定1位「GAIOの夜明けチーム」を掲げ、1位になったチームの本当の戦いは決勝1日目の夜から始まりました。
決勝1日目、学生1位のチームのエキシビションが激しい雨の中実施されます。プロのレーシングドライバの雨の日のコース取りに学生1位のチームは驚かされたと言います。それを研究室に持って帰り、夜を徹して解析をし、勇気をもって雨の日の目標軌道へと変更をかけ、シミュレーションを重ねていたといいます。最終コードのコミットは夜明け頃に大会本部へsubmitしていました。
また、同じように社会人1位になったチームも、雨の日の目標軌道へと変更を加え、決勝2日目のお昼過ぎまで最終コードを大会本部にsubmitしていました。どちらのチームも最後の最後まであきらめずに挑戦していたことが伺い知れました。その状況を見て、こんな言葉が頭をよぎりました。「古人曰く、勝って兜の緒を締めよ」約120年前に、ある海戦で勝利した提督の言葉です。
「優勝」は来年に持ち越しとなりました。今年はとにかく6周一番速く走ることに徹した予選で、ある意味でラッキーな予選であったとも言えます。来年の予選のお題も今から気になるところです。
筆者紹介
櫻井 梨菜
ガイオ・テクノロジー株式会社
統合営業推進部 広告宣伝グループ